ACT.1





























 東京、歌舞伎町。
 派手に着飾ったホストが、深夜を前にぞろぞろ出現する。
 そんなホストの集団にまぎれながら、睦月彩人も、足早に店に急ぐ。
「うっわぁ今の人見た?カッコイイ!!」
「えっ知らないの?彩人だよ。RMのNo2の彩人!前TV出てなかったっけ」
「今のが!?やっぱRM、すごいわぁ〜!!!」
 水商売風の若い女の視線。
 こんなものは慣れっこだ。日常茶飯事。
 黒いスーツに、胸まではだけた白いシャツ。金髪の髪の毛。片手には携帯電話。
 首からぶら下がるsilverのネックレスは昨日、客にもらったばかり。昨日の記憶がうっすらよみがえる。

「明日も行くからネックレス、付けと居てねっ。これ、彩人をつないでる首輪なの。主人はアタシだからねっ?」

 彩人がとなりに座ったとたんから、腕からくっついて離れないのは、週に三回現れ、その度に彩人を指名し毎回、10万近く彩人に落とすアンジュ。
 プレゼントのネックレスもフランスの高級アクセサリーブランドのもので、78万円相当。
 アンジュは金色の髪の毛に、腕には数百万の指輪とブレス。ピンクの長い爪。
職業は、出張ヘルス。」
風俗雑誌やスポーツ新聞、アダルト雑誌なんかに引っ張りだこの超人気フードルだ。
 月300万の稼ぎがあるだけでなく、そのほかにも欲しいものはソープの客である「パパ」が何でも買ってくれるという。
 つまり、彩人の大事なエース客だ。機嫌をそこねるわけにはいかない。
「ありがとう。大事にする」笑顔で礼を言うと「あたし、その笑顔見ると、いっくらでも彩人に使いたくなる!!」と、アンジュは彩人以上に微笑んだ。
俺のこの笑顔は毎回10万のドンペリのロゼ、つまりピンドンをおろしてくれるアンジュへの感謝。
アンジュの持ってるヴィトンの財布の中からは、せがめばせがむ程に金が溢れ出しそうな気さえもする。
暗い照明の店内で、アンジュはささやく。

「ねぇ、彩人、今月はどぉなのっ?カオルに勝てそうなの??」

 唇のグロスだけがやたらに光る。
「アンジュの頑張りしだい」
「やぁだぁ彩人、それ、みんなに言ってるんでしょぉ?」
またうまいこといってぇ、と、アンジュは加えたが、顔はずっと笑顔だ。

「ねぇ、あれ。ピンドン、入れて」

―毎度あり。

心の中でそうつぶやくと同時に、「ピンドンいただきましたー!!」と店内で声を張り上げて、数人のホストがどんちゃん騒ぎする。
その中で「彩人がイッキ!!」と、アンジュの声に押されながらの一気飲み。
「おおっ彩人、おっとこまえぇ!!」仲間の声が、俺のテンションを高める。
 「やっばぁあい彩人カッコイイ!!ねぇ、ピンドン、も一本あけて!」

―またまた、毎度あり。

一本開けばもう一本。このテンションでどんどんアンジュに空けさせて、No1の夢舞台へ走りたい。
もっと、もっと。もっともっと。
飲みきった瞬間、視界がやたらにグラつく。

体が悲鳴をあげた。
タイム リミット だ

「ちょっとトイレに行ってくるよ」
「いいよーそのかわりっすぐ、帰ってきてねっ」

 店内の左端にある「関係者以外立ち入り禁止」のコーナーに入ってすぐ右。
狭いトイレがある。従業員専用トイレだ。彩人は緊張がほぐれたように一気に嘔吐する。
目からは涙がこぼれ落ちる。ホストになって一年が経つが、まだ体が酒に慣れてくれないようだ。

「弱いのにそんなに飲むお前は馬鹿だ。」
「うわっ東吾!!びっくりした…」

 振り返ると、東吾が立っていた。同期の東吾は、彩人の店での一番の親友と言える。いつも無表情な東吾と知り合って一年が経つが、今だにこいつは何を考えているかわからない。
舌にはピアスが光る。

「体質は変えられないぞ」

 俺は、東吾が何を考えてるかわからないのに、東吾は俺の全て見透かしている気さえする。

「体質なんて関係ねぇよ。No1になりたいのに酒に弱いだなんて。飲めなくたって詰めて詰めて、最後に出せばいいんだ。」
「そう。」

 短く返事をして、相変わらず全く表情を変えない東吾。
こいつはホストに向いてる気がする。
酒が強くて、プライベートで何かあっても全く顔に出ない。

「お前はさ、酒、強いだろ?俺の知ってる限りじゃ飲んでも全然変わらないし。お前も、No1になりたいって、ぶったおれたってかまわないから、とにかくカオルさんのポジションを奪いたいって気持ちない?」
「そういうのって、向上心とか闘争心っていうのか?」
「多分、そう言うんじゃん?人間やってる限り、何か絶対譲れないってもんが、あるだろ。ずっと無気力ってわけにもいかないだろ。」
「向上心。闘争心。そういうのって邪魔。無気力でも人間はやってける。実際、俺は無気力で21年間生きてこれたわけだ。今の現状に満足だ。俺は向上したいとは思わない。争うのもめんどくさい。」

 そういい残すと、東吾は口にくわえたセブンスタ−に火をつけようと、右のポケットから金色のライターを取り出す。そうだよな。
東吾はそういう奴だ。
嫌味なんかじゃないけど、東吾が羨ましいよ。
俺は火が付いたら止まらない。止まれない。


 No1になるまで、カオルさんのポジションを奪うまで、辞められない。
命かけた レースだとしてもね




***

 あの後もアンジュが色々追加注文してくれたから、昨日はだいぶ飲んだ。
 その後にも指名客が来て飲んではいて、飲んで飲んで。、、はいて..。

 繁華街の片隅。
 5階立てのビルの中には、ラウンジ『華』やら色々、ごっちゃまぜに入っている。
 エレベーターのボタンを押す。
 3階で止まる。
 扉が開くと、青色の壁紙に『Rolling Moon』の文字が黒く光る。
 入り口前にはパネルコーナーが、黄色くライトアップされている。
 ここには上位の売り上げホストの写真が並んでいるのだ。
 No1の写真のポジションは、目線から最高の場所。
 その下に、No2 No3と続いて、no2のポジションには、俺の写真が飾られている。
「このパネルさぁNo1ポジションっていうんじゃないよ、カオルポジションってゆうんだよ」
 なんて、店内のホストはもちろん客にも囁かれるほど、カオルさんは不動のNo1を、ここ何年もキープし続いている。
 この最高のポジションを奪いたい
 カオルさんとの出会い以前は、まさか自分が「ホスト」になるだなんて思っても見なかった。





 一年前、フリーターだった俺はたまたまコンビニで見たホスト雑誌に人生を変えられた。
 表紙は、スーツ姿で微笑むカオルさんだった。
「すげぇ男前..」俺は同性にも関らず、写真の中で微笑むカオルさんにド肝を抜かれた。
関東地区人気ホスト特集、というタイトルでカオルさんが特集されていた。
表紙はもちろん、グラビアの写真もインタビューも、俺に衝撃を与えた。
「一生の仕事やなんて思ってへんけど、ホストの仕事は、今はこれだって思ってることやから。目の前にある目標を全部達成して、次のステップに行きたいんですよ。だから、今、ホストって仕事で自分を試してるんです。」

 かっこいい。

 当時18歳だった俺の体に電流が流れたかのように、しびれた。

 気がつけば求人情報に電話をしていて、憧れのカオルさんと同じ「Rolling Moon」にいた。
 そして一年が過ぎた。
 俺はNo2にまで踊り出たが、憧れでありライバルのカオルさんには、差をつけられっぱなしだ。追えば追うほど、カオルさんはどんどん先を走っていって、全く手が届かない。
 いつになったら、この差はつまるんだろうか。
 店の扉を開くと、カウンターに並ぶのは数百万のボトルワイン。
 これが毎日、ものすごいスピードでどんどん、開いていく。
 一晩で何百万の札がこのフロア内で落ちては消えてゆく。
 異常な光景だ。
 なのにその光景は見慣れてしまった。





 店内では開店前のミーティングが行われていた。30人近いホストが、店内の中央に集まる。異様な雰囲気が流れている。
「おう、彩人!遅いぞ、始まる」
「ああ、雷さん。おはようございます」
 遠くから手招きするのは、雷さんだ。
最上雷はホスト暦4年。この店のNo3だ。
それであり、RMの店長、という役職までついている。
つまり、「ヒラ社員ホスト」ではないわけだ。
ルックスにはホストらしい派手さはないが、万人受けするスタンダードな男前顔で、根強いファンは多い。
常に後輩を気にする根っからの兄貴肌で雷さんがいるからこそ、RMは新人も働きやすい環境なのだろう、と、俺は思う。
実際に新人だった頃面倒をよく見てくれたのは、雷さんだった。
 しかも雷さんはあのNo1のカオルさんが絶対の信頼を置いている、というのもあって、店内でも、カオルさんとは違う意味で特別な人だ。
No入りしている人気ホストは大体、深夜0時過ぎの出勤なのだが、今日はミーティングということもあり、彩人は店に招集されていた。

「あ、カオルさんが来てないな」
「カオル?今日は高村さんと同伴だからミーティング欠席」
 そう言うと、雷さんは、じゃあはじめようか、と、つぶやいた。

高村さんか。
先月、週初めにカオルさんのために150万のワインをおろした人だ。
週に2,3回と、アンジュペースでやってくる客だが、あのアンジュですら比べ物にならないくらい、金を持っている。やってくる度に、一回100万円など、平気で落とす。
職業は謎。
財布にはいつも100万近い現金が入っていて、カオルさんのNo1を支えている不動のエース客だ。

「えー今日は、まず、新人が入りました。挨拶して」
オーナーの声が響く。

 新人か。どれだけ続くかかけてみる?と、何処からか笑い声が聞こえてくる。
弱肉強食の世界。確かに、どれだけ続くか見ものだ。
新人の挨拶、と、いえば、たいてい、こんなズラっと並んだホスト集団に圧倒され、うつむき加減で小さな声でボソボソと源氏名を名乗って「よろしくお願いします..」と肩身狭そうに座る。
と、いうのがド定番だ。
それでも興味本位で、ホスト軍団は新人はどれかどれかと目線で追う。

「アリス、あいさつして。」
「源氏名、アリスかよ..」俺の隣に座っている雷さんの言葉が漏れる。
オーナーの後ろからヒョコっと、金髪の男が顔を出した。
「岩堀アリスです。今日からお世話になります。18歳です!新人だけど、新人ポジションで満足するつもりはないですから。新人同士で争うなんてバカみたい。僕はそういうのとは違いまーす。さいしょっからNo1目指す気持ちでやるので、どうぞヨロシク!」
 ニッコリ笑うアリスとは真逆に店内は一瞬静まった。
新人の初々しさが全くない新人は、初めてだった。

「はい、拍手して。」
 オーナーの言葉にホスト軍団はいっせいに、パチパチ、と、リズムのない拍手を送る。

「なんっスかあのアリスっーのは?何か変な生き物見てる気分になった。オーナー、あんなの、野放しにしてていいんっスか」
雷さんが陳腐な顔をしていると、オーナーは笑った。
「いやいや、新人と思えないくらいアリスには闘争心がある。今の子にないものがあるっていうのかな。アリス、あいつはおもしろいよ」
「いやぁオーナー、おもしろいだけでホストがつとまるんっスかね?」
 アリスは我が物顔でソファに座り緊張した様子は一切ない。雷は首をかしげた。

「世の中おもしろいやつ勝ちだ。なぜなら世の中がおかしいからだ。」

「うわっ東吾!!お前、気配消して背後から出てくる癖やめろ!」
 いきなり顔を出した東吾に雷さんは声を張り上げびっくりしていた。

ミーティングは20分弱で終わり、オープン一時間前だ。
いつもならまだ寝てる時間。眠い、それが正直な感想。

「おいアリス!!来い!!」
たいてい、新人ホストのお世話役をかってでるのは雷さんで、アリスの教育係にも、雷さんが就任した。
新人は先輩ホスト客の席へ一緒に座りヘルプをしたり、指名が決まっていない新規のお客さんに気に入ってもらって指名を確保したり、街頭キャッチで、外から店まで客を引きずりこんで、自分の客にしなくてはいけない。
そうしてどんどん固定客を増やしていくのだ。さ、お前もわかったらとっとと街頭キャッチにいってこいよ。
雷さんはアリスに、そんな話を真剣にしていたが、アリスは大きなあくびをしていた。

「そんな地味な新人まがいのこと、やりたくありません」
 まるで幼い子供のように、アリスは口をとがらせた。
「何いってんだお前は立派な新人だろが」
 その子供を怒るように雷さんは声を上げる。
「だって僕、新人なんて思わないもん。」
「お前なぁ..何か勘違いして入店してきたのかよ?ホストっーのは貢がれて金ガッバガバなんて奴、ほんの一握りだぜ。新人は街頭で必死に客引き。罰金とかなんやら引かれたらマイナスになる月だってあるんだぜ。」
「何それ、自分の経験??」
 馬鹿にしたように、アリスは雷さんを見て笑う。
もちろん、雷さんが黙っているはずがない。
「このクソガキ!!お前、調子のりすぎだぞ!!何がアリスだ!!ガキ!!」
「僕の言うことがあたってるからってムキにならないでよ。あっ、もしかして、彩人さんですか?No2の、睦月彩人さんですよねっ。雑誌でよく見たことありますっ」
 怒る雷さんを尻目に、横で携帯をいじっていた俺の元に、アリスが顔を出す。
アリスにNo2と言われると、なぜだかとてつもなく嫌味に聞こえるのは、気のせいか。
「うっわぁーやっぱり実物もかっこいいやぁ。顔小さい〜わぁ〜肌キレイ!!化粧水とか使ってるんですか!!??」
アリスは彩人に顔を近づける。

「ごらガキ!!話を聞け!!」
雷さんの声が響き渡る。アリスはまるで聞いていないかのようなそぶりで、
「さぁ、仕事、ガンバろぉ!」
と、微笑むと店を出て行った。
何だかんだで雷さんの言われた通り、客引きにいったのだろう。
「あいつはダメっスよオーナー!今日限りでクビで!店長としてあいつだけは許せないですよ」と、雷さんが何度も連呼している姿が、少しおもしろかった。

 雷さんのモットーは誠心誠意。「俺の事指名するなら金出せ出せってやり方、好きじゃないんだ。誠心誠意、一瞬一瞬、自分を選んでくれたお客さんのために尽くす。それが、接客業ってもんだと思うんだな。ホストだって立派な接客業だから」
俺が新人だったころに、何度も雷さんが繰り返して言ってた言葉だ。
雷さんみたいに、ホストになってから、今までずっと、心をこめて裏表のない平等な接客をしてるホストって、なかなかいない。
気がつけば、汚い方に、汚い方に、どうしたらこの客はどれだけ自分に使ってくれるか、と、考えるようになってしまう。俺もそうだ。



 No1になりたいのに..この頃商売衣装であるスーツでいる自分がやたらに息苦しい。
 時々 苦しくなる だけど 進むしかない そう体が言うんだ。


 だけど あの頃見えなかったものが 店を離れてみた今 少しわかった気がしたんだ。


 カオルさんは きっと 俺に それを伝えたかったんだと いうことが



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