ACT.2





























 その日も、相変わらず無意識のまま花をしょって、カオルさんは店に登場した。
オープン時間は一時間過ぎている。
「よっ彩人、おはよー」
 店内の隅に立つ俺を見つけると、カオルさんは軽く手を振った。

男から見ても完璧な顔立ちだ。

それでかつ、酒に強くて、会話上手。入店して3年。一気にNo1に上り詰めた氷咲カオル。
一日の指名の数は十数回で、もちろんダントツ。
カオルさん見たさに観光客までも来るくらいだ。
客とカオルさんの撮影会、っていうのも、店内でも見慣れた光景で、カオルさんの固定客から「カオル、カオル、カオルで、彩人って感じだよね。彩人もカッコイイっちゃカッコイイしオーラもあるけど、やっぱカオルでしょ。」なんて影口ももちろん日常茶飯事。
その度、毎度のことだなんて思いながらも、カオルさんへの闘争心は燃え上がる。
アンジュはもちろん、俺の顧客のほぼ全員が口をそろえて「カオルを倒してNo1になってね!」って言葉をかける。そしてシャンパンやボトルを「激励」と言いながら、開け出す。

俺はカオルさんとNo1争いのライバル、みたいな設定で売り出してるけど、カオルさんからしたら、全然、そんなつもりないんだろうな。
カオルさんの眼中にすら、俺ははいっていないと思う。あの余裕のある「おはよー」の挨拶からも、そうわかる。それがわかるから、悔しい。

「おはようございます」
 小さくうなずくと、カオルさんは顔を近づける。
「お前、ちょっと顔色悪いで。大丈夫?」
「はい。」

 大丈夫?っていう、余裕がある。

カオルさんの前職はフリーター。多分、職探しか何かで関東に出てきたのだと思う。
「関東のホストNo1が関西弁を話す氷咲カオルなんておかしいよな。あれ、絶対関西弁効果も聞いてるだろ」、と、カオルさんのことをよく思わない他店のホストが話しているのを聞いたことがあった。
カオルさんは、俺がホストになるきっかけになった雑誌のカバーインタビューで、「夢を叶える途中でホストという仕事に出会った。ホストは通過点にしかすぎない」と話していた。
何か叶えたい夢があるようだけど、それを知ってるのは雷さんくらいなんじゃないかな。
カオルさんにとってホストは、地方から遠出して資金稼ぎ、という感覚なのかもしれない。

資金稼ぎにしては、もう多分膨大な額の貯金があるはずだろうけど。

カオルさんの隣には高村さんが腕にくっついている。
高村さんの腕にはカルティエのパシャが光る。昨日はフランクミュラーだったのに。この人は見るたびに違う高級時計をつけている気がする。カオルさんの腕にも、高村さんがしていたものと同じフランクミュラーが光る。これは高村さんからのプレゼントだ。
青色に輝く照明の下、隣のテーブルにはカオルさんが、高村さんと話しこんでいる。
「カオルってばハハ」、高い声で笑う高村さんに「いやいやマジマジ」と恋人のように笑いかけるカオルさん。
 今日は一体いくらカオルさんに使うんだろう。
頭の中で同じ言葉がグルグル回る。
先月は3回も、80万円のボトルを開けている。
今日も高村さんは、多分、カオルさんのためにボトルを空けるだろう。

しかも明後日は閉め日だ。
一気に売り上げをあげたいと、どのホストも猛ラッシュをかけてくる。

―やばい。カオルさんに今月も差をつけられる。少しでも差を縮めたいのに。

 カオルさんは以前、ホスト雑誌で「やっぱりライバルは彩人クン?」と記者に聞かれたのに対し「彩人はまぁ若いから。頑張ったら、いいと思いますよ。そしたら、いずれかNo1になれるんちゃうかな。まぁ、俺がいるうちは無理ですけどね」と、サラっと答えていた。
 眼中にないだなんてわかっていたはずだ。
だけど、ここまで格下に扱われるとは思っていなかった。

だから、今月は、今月こそは…今月は。

何度も何度も、俺はカオルさんの背中を見るたび、胸の中で「今月こそは」と繰り返す。

「彩人、指名だ」
 雷さんの声に振り返る。
「いやーん彩人ッ、会いたかったぞぉ〜!!」
真っ黒のドレスを着込み、茶色の髪の毛をグリグリに巻いたキャバ嬢のシュナが、彩人に抱きつく。
最近「Rolling Moon」に現れ始めた彩人の固定客だ。
今日はどうやら仕事が休みらしい。
キャバ嬢としては結構有名で、雑誌なんかで時々見かける。
「ねぇねぇ彩人〜何のみたい??」
座るやいなや、シュナは彩人の手を握る。
 いかにして客に高いボトルを開けさすか。
そして自分を魅力的に見せて、ほれ込ますか。

ねぇ雷さん。誠心誠意で一瞬一瞬、お客さんに尽くす。
素敵な言葉だと思うよ。

 だけど雷さんと俺の「誠心誠意」の意味はちょっと違うみたいだな。

俺はNo1に誠心誠意をかけるんだ。

奥のテーブルでは相変わらず無表情な顔をして東吾が酒を飲んでいる。
東吾も最近、売り上げ、いいんだよな。
東吾は、昼間は超がつくほどの高い偏差値がなければ入れない大学生やってる。歩いてるところをキャッチされて、そのまま流れるように夜はホスト業を始めたと、本人から聞いた。
大学生での東吾の顔は知らないけど、多分、学校でも店と同じ、無表情で何を考えているかわからないやつなんだろう。

俺たちは店の外では友達だとしても、同じ店にいる時間からはライバルになるんだ。

「シュナ、俺には夢があるんだよ。」
俺は、シュナに顔を近づける。
「なになに??」
「聞いてくれる?」
 シュナは目をみひらき、ウン、と、うなずく。シュナが手に持っているタバコからは、淡々と煙が流れ出す。

シュナの性格は大体、わかってる。
 半年前、大学進学のため田舎から出てきて、キャバ嬢を始めたが、夜の世界にハマりすぎて、大学は休学状態。
今はホストクラブ通いやブランド品買いのために、キャバで稼ぎ続ける毎日だ。  
まだ上京して半年だからか、それともシュナの性格か、いい意味で騙しやすい。
涙もろく、「絶対アタシが彩人を一番にしてあげるからっ」と、何かにインプットされたかのように繰り返す。

「いずれかはホストやめたいんだ。」
「えっ?」
 派手なミラーボールが頭上を回転する。
シャカシャカシャカと機械音みたいに聞こえるテクノサウンドは、店内を盛り上げる。
「今は、こうやってみんな俺のこと指名してくれたりするけど、それは俺がホストだからだろ?多分、ホストやめたら一人になると思う。その時、俺を好きだっていってくれる子、すごく魅力的に思う。」
「彩人…」
シュナは彩人を見つめながら、力強くうなずいた。
「シュナはっ彩人がホスト辞めても大好きだよっ?もうシュナ、彩人のためにお仕事がんばっちゃーうから!!」
 そういうと、シュナは「絶対彩人がやめるまでに、シュナが彩人をNo1にもさしてあげるっ!」と叫び、20万円のシャンパンを2本頼んだ。

サンキュー、シュナ。

ホスト辞めたらひとりになる?関係ない。

だってホストやってる今だって、ひとりはひとりに違いねぇから。

シュナの一声で、待ってました、と言わんばかりに、シャンパンコールがかかる。
「シャンパン、いただきましたー!!」俺の声でさらに、店内は活気ずく。
 彩人はお酒に弱いから..なんて客に言われて何も飲まないなんて、廃業寸前のホストかよ。
俺は体に逆らったって飲み続けるよ。寿命との戦いだなんて関係ない。
No1になるなら、飲めない酒だって体が悲鳴あげたって関係ない。

「彩人、お前二本一気にいくのか?無茶だぞ」
 雷さんの声が耳に入る。
いっちまいますとも、やっちまいますとも、限界への挑戦。
閉め日まであと少し、カオルさんの売り上げを超えるチャンスはもう多分、少ない。
俺はパン!と派手な音を立ててあいたシャンパンに口をつける。
 飲んで、飲んで、飲んで、ホストの声が踊る。

視界はどんどん遠のく。

「ありがとーございました!」
 5分も立たないうちに、カラになった二本のビンが転がる。
足元がクラクラする。No1になりたい。その気力だけで今、ここに立っている気がする。
「やん、彩人カッコイ!もう2本!」 
シュナの声に押されるようにして、20万円のシャンパンが二本追加する。
シャンパンコールはまた、音が大きくなった気がする。
この声に負けじと俺はまた、口にビンをつけるが、「これ以上はお前ヤバイだろ。」と、雷さんの声で現実に戻る。
残りの二本は、雷さんをはじめ、他の仲間が回し飲みを始めた。

「シュナ、もっと、興奮したくない?」
彩人が微笑むと、シュナは顔を赤らませ、何度もうなずいた。
「俺のもうひとつの夢、かなえてよ。」
 カウンターにあるプラチナのドンベリ、75万円を指差す。
シュナに話した、もうひとつの夢。あのプラチナドンベリをシュナと飲みたい。
そう話したとき、シュナは絶対それを叶えてあげる、と、彩人に約束していた。
「いいよっ。ねぇ、あれ、開けて?ねっ彩人、一緒に飲もう」
 店内がざわめき出す。
「一本?」
「ううん?二本!」
 夜はまだまだ、これからだ。
プラチナドンペリのフタが飛ぶと、店内はさらに盛り上がりを見せた。
「彩人!彩人!彩人!」
彩人コールに押され、彩人は最初の半分を一気に口に含んだ。
そして、シュナにキスをするように口の中に酒を押し込む。

キスだろうがなんだろうがなんだっていい。これはシュナに毎度ありのサインだ。

シュナは感激のあまり、涙目 になっていた。
「もう彩人、あたし、彩人のためならほんっとになんだってするっ!!」
 そういうとシュナはさらに20万円のボトルを注文した。
視界にカオルさんの顔が入る。
さすがに少し、こっちを気にしている。

やった、少し振り返った。

俺は心の中でガッツポーズを決めた。
まだまだ、これからのところだった。
なのに、体が弱音を吐いたその一瞬で、全ては崩れる。
俺はシャンパンコールが鳴り止まない店内を走り出て、従業員専用トイレの下、嘔吐していた。
昨日と、同じ光景だ。
どれくらい、体を痛みつけているんだろう?痛みつけるほど、No1の栄光って価値あるものなんだろうか。
最初はそんなことを考えた。

だけど、体が痛みつくよりもNo1になれずNo2のままただずんでいる今の方がよっぽど体に悪いよ。

俺はそう思う。
だから明日も明後日も、一年後でもなんだっていいけど、ずっと飲み続ける。
 彩人がいなくなった店内では、相変わらずホストがシュナのオーダーした酒を飲み、シュナは満足げに笑顔で拍手しながら大声で笑っている。

「彩人さんすげぇな..これがNo2の実力かぁ..。」

新人ホストの言葉が全てを物語っていた。
彩人はたった10分の間に、シュナに、シャンパンだけで250万円もの大金を使わせた。
床には高級ボトルが何本も何本も無造作に転がっていた。

 「今月の彩人、異様だ」

 東吾は床に転がったワインを、見つめひとり、つぶやいた。


 
 俺は 命をかけたレースが カオルさんに勝つまで 死ぬまで続けるつもりだった  
 あの日まで あの瞬間までは







***


 その後、体は最悪だったが、一度で250万円はかなり大きい。
 カオルさんとの差もつまったはずだ。

「今日はやりすぎちゃったかなぁ..カードの残高がヤバイよぉ」
 シュナが財布を広げる。

 店の出入り口で彩人とシュナは2人、しゃがみこんでいた。
 時計は深夜3時を回っていた。営業時間は7時まで。まだまだ、前半戦。
『お客様のお送り』は『お客様の出迎え』より大事だ。
アフターケアはしっかり、がルール。

「ありがとうシュナ。お前が俺の夢、叶えてくれたよ。がんばってくれた。」
彩人はシュナの頭をなでる。その瞬間シュナは笑顔になり、彩人に小さくもたれかかる。
「シュナ、彩人がスゴイ好きなのっ。彼女にして?」

―客からの『愛の告白』はよくあること。

彼女にして。この質問にNoなんて答えた日には逆切れして店に来なくなる。
YESなんて答えた日には「ホスト辞めて」だのなんだのわめきだす。

正しい答え方はこれだ。

「お前は客の中で一番好きだよ。ただ俺はNo1になりたいからホストは辞められないんだ。だから、お前にも応援して欲しいんだよ。No1になるまで..応援してくれる?」

俺は煙草に火をつける。俺の言葉の要約はこれだ。

客の中では一番好き、だけどNo1になりたいからホストは辞められない、No1になったらホストをあがる、その時はお前のところへいく、だから今はお金を使って俺を応援してくれ と、なるわけだ。
ホストをあがったらどうするかなんて決めてはいないけど、客がある程度の「妄想」ができる風に設定した言葉を吐く。

それがホスト。

それが プロだ

「No1になってホスト辞めたらシュナと2人で住もうね。シュナ、それまで応援する!!」
シュナの答えはまさに「模範解答」だった。
「ありがとう。気つけて。家帰ったらメールしてな。気をつけてな」
俺はタクシーに乗り込んだシュナを笑顔で見送る。
「うん、ありがと彩人」
タクシーの中から手を振るシュナに答えるように、手を振り返す彩人。
まるで恋人同士の別れのワンシーン。

ただ決定的に違うことがあるのだけれど。

タクシーが去ると同時に俺は店へと急いで戻った。

俺は店に帰るなり呆然とした。
高村さんが100万円のリシャールをおろしていた。
店内は大騒ぎになっていて、俺は1人祭りに遅れ、呆然としていた。
カオルさんは高村さんの横で上機嫌に微笑んでいる。余裕の笑顔だ。
シュナのシャンパンラッシュに一瞬でも振り向いたはずだったのに..また差をつけられた。


 負けられない。


そう思った瞬間、雷さんの声が俺を我に返した。
「彩人、アンジュさん来てるから早く席つけ」
「あ」
そうだ、アンジュは今日3時過ぎに来ると行っていた。とっさに携帯電話を見るとアンジュから着信が3件。今から行くから、の電話だったのだと思う。
俺は急いでアンジュの席へ走る。アンジュは案の定、不機嫌だった。
「電話したのにっ!!」
「ごめんごめん」
「ピンドン女ばっかの席ついてさぁ〜あたしは無視なわけ?」
ピンドン女、とは、シュナの事だろう。さっきの光景を見ていたのだろう。
なんとか機嫌を取り戻して、俺はアンジュに小さくつぶやく。
「俺のもうひとつの夢、叶えてくれる?」
 昨日同様、やってきたアンジュに、彩人は「使い古した夢」をまた吹きかける。
アンジュは「彩人のためなら!」とうなずく。

また、店内に75万のシャンパンが音をたてる。

彩人は結局アンジュにも、合計90万近くを支払わせた。
今日だけの稼ぎなら、カオルさんに負けてない。いい波がやってきた。
このノリで週末まで持ち越せば、カオルさんに勝てるかもしれない。

 朝7時。店がクローズし、店内ではホストがあちらこちらでつぶれかえっている。
「今日、ちょっと悪ノリしすぎじゃねぇか。」
 雷さんに声をかけられる。眉間にシワがよっている。どうやら、お説教モード突入のようだ。
「特にシュナちゃん。お前にハマって、キャバクラやめて、今はヘルスやってるらしい」

 シュナがヘルス?

 特におどろきはしなかった。
シュナは以前からキャバじゃお金が足らなくなってきた、と、話していたし、いつかはヘルスまで行くと思っていた。
あれだけホストクラブで豪遊してブランド品も買って、じゃ、金なんかいくらあっても足りなくなる。
と、言いたかったが、相手が雷さんじゃ、そんなことも言えるはずがない。
「すいません」
「いーやんか、今日、おもろかったで、彩人君」
 雷さんの肩をなだめるようにたたき、カオルさんは微笑んだ。
俺はあんなに死ぬほど飲み続けたのに、カオルさんにはまだ笑う余裕がある。

―全然、まだ、追いついていない。

 心から、そう思わされた瞬間だった。カオルさんは微笑みながら、店を後にしていった。
「彩人さん、やっぱりカッコイイなぁー僕もまぁ、すぐ負けてないけど」
「うわっお前アリス!!客引きはどうしてたんだ!もう店はクローズだっ!!」
 雷さんは、突如として現れたアリスに驚きながらも声を張り上げる。
アリスはハイハイ、と、めんどくさそうにつぶやくと、「店まで連れてくるのメンドーなんだもん。番号は聞いたから、今晩から店に呼ぶんだー」と、携帯電話をいじりながら、ソファに座る。
「呼ぶんだーってお前、そんな簡単なことかよ!」
「うっるさいなぁあんま叫ばないでくれる?鼓膜がやぶれるー」
 舌を出して馬鹿にしたかのようにアリスは雷さんを見る。
ほんとに大物というのかただの無神経で失礼な奴というのか、アリスは新人としては全てが異様だ。
「なんだと?俺は店長だぞ。お前は第一先輩に対しての言葉使いが」
「こーまーくがーやぁーぶぅーれぇーるぅー!!!!!!」

 雷さんとアリスの乱闘が始まったので、俺は逃げるようにして店内を出た。
朝を迎えた歌舞伎町に、夜のようなパワーはなく、ひっそりとしている。
すれ違ったホストは大きなあくびをしている。

「東吾!」

 目先には東吾が歩いていた。真っ黒なスーツに耳元に光るたくさんのピアス。
軟骨にまで数多く刺さっている。
東吾は振り返ると、ああ、彩人、とつぶやいた。
「お前、今から家帰ってシャワーして大学?」
「ああ。眠いな」

 話の返事になっていないって。

東吾はやっぱり、どこかズレている。
これで超有名大学の優等生だもんな。
確かに東吾の言うこともあたっている気がする。
「世の中おもしろい奴勝ちだ。なぜなら世の中おかしいからな。」っていうの。
俺は東吾にまた今晩な、と声をかけ、タクシーをつかまえ家に戻った。

騙し騙され生きている 言葉の響きはかっこいいけど、実際は騙す方も騙されるほうにも、暗黙の了解があるようにさえ見えるよ。

店内ならなんでもできそうな自分が恐い。
のに、止められない。歌舞伎町マジックだな。 



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