ACT.3




























"最近彩人の勢いスゴイよね。前店行った時、客に信じられないくらい色々あけさしてたもん。
かなりNo1になりたいって感じ。カオルは焦ったりしてないのかな。"

"あの顔が何か誘ってくるんだよねーあたしもきっと騙されるわ笑。
彩人ってRMはいって一年くらいだよね?で速攻No2になってそのまま一年経ち..みたいな?"

"彩人口座の子はみんな「彩人No1にしてあげたい!」って言ってて、
前に「ディテ●ール」ってキャバで人気あったシュ●って子、彩人に貢ぎまくって金ヤバくなって、
今は売れっ子のヘルスやってるよ。もちろんその金も全部彩人につぎ込んでるけど"

"今、カオルより勢いない!?もしかしたらNo1、マジでなるかもよ。来月あたり"

"ありえる!彩人って、誘うオーラ、めっちゃうまいしねぇ!"





「こんなもん、見るもんじゃないぞ。」
 店内でアリスが広げていたノートパソコンの画面は、ホストの情報や裏話、デマなどが大量にあふれ出している掲示板が映し出されていた。
 雷は不機嫌そうにアリスをにらむ。
「すごいねーRMの意見掲示板、ほとんど彩人さんのことばっかだ!カオルさんの話題、少ないよ。」
 アリスは画面に釘付け状態で、雷の顔を見ようともしない。
金色に光るジッポをポケットから取り出し、雷はタバコに火をつける。
「すごいもんか、最近の彩人はどうかしてる。あいつはNo2というよりスキャンダルNo1だな。」

「ホストなんだから、何にでも二番より、どっか一番がある方がいいと思うけど!」

 マウスを慣れない手つきでカチカチと動かし、アリスは大きなあくびをした。
「またお前は知ったかぶって..。ああいうやり方、俺は好きじゃないんだよ。シュナちゃんをヘルスにまでいかして..。」
 フっと息から煙を吐き出すと、アリスは臭いー!と叫んだ。
店内にはまだ、夜の熱気が残ったままで、体が少しほてる。

「ホストに貢ぐ限度を知らないシュナさんって人がバカなんじゃない?ホストなんか騙して客は騙されてなんぼ、なんてわかってるでしょ?あーインターネット飽きちゃった。電源きっといてー」
そういうとアリスはノートパソコンを乱暴に雷の方へと寄せる。
お前は何様だ、と呆れたように雷がつぶやくと、アリスはカバンからホスト雑誌「イーグル」を取り出す。

カオルがニッコリと微笑んでいる表紙だ。
何度ホスト雑誌でカオルの表紙を見ただろうか。
多分、ここ最近で、思い浮かべてみても、数え切れない程だ。
「イーグル」の中にはRolling Moonのグラビアインタビューと写真が10Pにわたり特集されている。
そして彩人のページを見ると、アリスはまるでアイドルを見るかのように騒ぎ出す。

「彩人さん!写真もいいけど実際のがカッコイイなぁー」
雑誌を見てうっとりしだすアリスを横に、雷は母親が経営するスナックのHPを見ていた。
ああ、串揚げに新しいトッピングができている、最近忙しくてなかなか実家に戻ってないな、そう思った瞬間、頭の中で一瞬母親の顔が思い浮かぶ。母さん、どうしてるだろ。
今日メールでも送って見るか。

「なに?なに?何のHP?なにこれ?」

 アリスが雑誌を放りだし、画面に食いつく。

「うちの母親の店だよ。ちっこいスナックだけど」
「へぇ!都内じゃん!お母さんママさんやってるんだ。だから雷もホスト?お父さんは?」
 先輩には敬語、呼び捨て厳禁、何個も一気に質問するな、と、いいたかったが、アリスにそんなことを言っても無駄だろう。雷はそうだよ、ママやってる、と、うなずいた。うちは父親が離婚して俺が幼稚園くらいにはもう、いないから、と加えた。
「水商売は母親がやってるの見て、俺もちっこい頃から、母親みたいに小さくていいから自分の店が欲しいって思ってたんだよ。で、ホストになって接客の勉強、しようと思って。いずれかはここ辞めて独立したいんだ」
 そう言うと、アリスはふうーんりっぱだねーと、つぶやいた。

「最近、この店の風紀が乱れてる気がする。RMはさ、純粋にお客さんがホストと酒を飲みながら話をしに来て、笑顔で帰って行ける店だったんだよ。なのに、カオルNo1、彩人No2、っていうのができてから、変わった。お客さんもホストも競いすぎてそれが表面にでてくる。これじゃあオラオラ、お前いくら俺に金使えるんだよ、って、のっけから脅してるみたいじゃねぇか。」
「風紀もクソもないでしょ?ホストクラブってのはそもそもそうなんじゃん。雷ってホスト向いてないんじゃない?とっとと居酒屋経営か何かにでも転職すれば?」

 本当にクソムカつくガキだ。

雷は腹のそこからそう思った。
しかし、アリスの言う言葉は全て正論だと、わかっている自分もいる俺は理想論ばっかり言ってる気がする。

「だけど、彩人はフェアじゃないっていってるんだよ。キスしてそれでまたシュナちゃんにピンドン空けさして。」
 そう雷がつぶやくと、アリスはフフん、と鼻で笑った。
同時にアリスのポケットから、携帯の着信音がドでかい音を出し店内に響く。
あ、じゃあ僕もう帰るね、とつぶやくと、アリスは雷に背を向けた。
 そして、一度振り返り、またフフんと鼻で笑った。

「なーんか雷さんってすんごい正義感溢れるキャラだね。でもさぁ、そういうキャラって損だよ!いい人で終わるからねっ!」
「なっ・・何だお前!何だよ損で終わるって!!」
 動揺する雷を横目にアリスは笑顔で手を振った。
「シュナちゃん♪」
「お前、なっなにを勘違いして、おっおれはそっそんなべっべつに好きとかじゃ」

「岩堀アリス、ホスト一日目。キャッチはあんまりうまくできなかったけど、まぁ続けてけばきっとうまくなるでしょ?こんな可愛い僕を、街ゆく女の子が放っておくはずはないし。RMのホストのレベルは..まぁまぁなんじゃない?彩人さんとカオルさん間違いないくらいカッコイイけど、他は別にどんぐりの背比べかなぁ〜。岩堀アリス、新人なんてポジションいらないねっ。僕だって目指せNo1だからねっ!!」

「また生意気を….おいこら待てって!!」





 無我夢中に生きていた 明日のことはよくわからなかったけれど 
 ただ夢だけはいつもそこにあった No1になること 
 たったひとつの夢
 今は何も見えなくなってしまったけれど
 あの日 カオルさんに勝ち逃げされたまんまで 

 俺はこの店を去ることになるんだ







***


毎晩毎晩、その一瞬一瞬に新しいホストが生まれ、そして消えていく。彼らに行く末は何処にもないのかもしれない。それとも永遠にこの世界で生きていけるという道があるのかもしれない。
どちらにせよ、消費されていくんだよ、体も心も。
そして新しいものが生まれていく。消耗品であることは間違いないみたいだ。
だとしたらいつ自分は消えていくのかな。
そう思うのは怖い。
だけど今はずっと先のことは見えない。いや、見たくないだけなのかな。


ホストにプライベートはない。と、思う。
家に帰って起きるのが夕方。たまった客からの着信とメールに目を通して返事。
「今日これる?」と、確実な指名数を得るため客を呼び出す。
 21時半、俺はいつものように制服であるスーツに身をまとった。
そろそろ仕事の時間だ。店に行かないと。

携帯を開くと新着メールが一件。

さっき全部目を通したはずなんだけどな..受信ボックスを開くと知らないアドレスだった。
店のHPにも自分が紹介された雑誌にも、ホストの携帯番号とメールアドレスは記載される。だから知らないメールアドレスや番号から来たとしても、客になる可能性があるので、一応目を通すし電話にも出るのだ。

 タイトル・無題
あんたが貢がせてるシュナ。
キャバからヘルスで、今はAVもやってるよ。AVのタイトルは「真夜中のコール24回」っての。
AVの内容はシュナちゃんが看護婦さんで 夜勤のときナースコールがなるんだよね
で、24人の奴とヤっちゃうって わけ。
AV出演料に300万もらったってさ。これ、新人AVアイドルにしたら破格の値段だよ。
+ヘルスで、今月の月給は400万越え。あんたのために飲まず食わずで、ヘルス→AV→ヘルス、の生活続けてるからね
あんたすごいわ。さすがホスト。さすがRMのNo2だね笑
女にAVまでやらせて金欲しいってか笑笑
馬鹿なホストにAVやってまで貢ぐ女も馬鹿馬鹿で、まぁ、いいんぢゃねぇ?笑

「シュナがAV..?」
 メールを見て呆然とする。
確か昨日雷さんがヘルスを始めた、とは言っていたけど、まさかAVにまで。
一瞬、心臓の音が早くなったのが自分でもわかった。

 気がつけば「AV新作リリースNo1」をかかげて誇らしげに営業する、ドでかいAVレンタル屋の前に立っていた。店は異様な雰囲気を漂わせていて、入るのに少しためらった。
彩人のためらう体を押せ押せといわんばかりに、ひとりの男性がビデオ屋にためらいもなく、入っていく。
それについて行くかのように、彩人もビデオ屋に入る。
ドアを開けると、そこには無愛想な中年の男性がレジにひとりいるだけで、店内はガラガラだった。
彩人はすぐにレジに向かう。

確認しなくちゃいけない こんなメールはデマかもしれない

そう頭の中で何度も何度も繰り返しながら、レジに座る中年男性に「すみません」と声をかける。
「はい」店員は無愛想な顔で短い返事をする。
彩人は小さな声でつぶやく
「AVについて聞きたいんですけど。『真夜中のコール24回』・・・っていうAV、おかれてますか」
 レジの横にあるパソコンで店員がビデオの検索でもしてくれるだろう、と、彩人は考えていたが、予想を裏切るかのように、店員はニッコリ微笑んだ。
「ああ、そのAV。今日だけで電話問い合わせ、5回あった超人気新作AV。悪いけど、全部貸し出しちゃってるよ。」
「そのAV..主演女優の名前ってわかりますか」
「ああ、わかるよ。シュナだろ、有沢シュナ。」

 ―有沢シュナ 「真夜中の24回コール」 

Avは実存してる。

「そうですか」と、つぶやくのが精一杯だった。
店員は彩人の顔をのぞきこみ、話を続けた。
「お兄さんも、シュナちゃんのファンなの?あのAVの完成度はすごいねぇ。AV初出演作には思えないよ、シュナ、多分、AV界のアイドルくらいになると思うよ。お兄さん知ってる?有沢シュナって、元キャバ嬢で今はAVしつつ渋谷のヘルスクラブ..何ていったかな、ああ、渋谷の『セクシャル・タイムズ』でヘルスまでしてるんだろ。」

 店内には今流行りの邦楽アーティストが、馬鹿高い声で愛を歌っている。
今年一番売れた曲だそうだ。
世界中愛で救えたら あたしはあなたを愛している あなた以外の人はいないの
だってさ。こんな店で流れていると、愛しているだの、あなた以外はいないだの、そんな言葉は何だか全部滑稽で笑ってしまう。
「そのヘルス、僕も一回、お世話になりにいこうと思ってるんだけどね。土台がキャバ嬢だけあって
顔もめちゃ可愛いしさぁ、AVにまで出ててヘルスまでって、もう、たまんないね。」
「そうですか」
「あ、ビデオ予約入れる?今なら多分、二週間待ちくらいだよ。」
 いいえ結構です、そう言うと俺は逃げるようにして店内から出た。

 シュナがAV女優になった、というメールは、俺以外にも雷さん、カオルさんのところにまで同じ内容で送られていた、と、すぐ気がついた。
雷さんからのメール。「今日、ちょっと早く店に来い。」それが、シュナのAVのことを知っている、と雷さんが物語っているようだった。

 俺が出勤してくるなり早々、血相を変えた雷さんが手招きをした。
あと一時間で店がOPENする、俺が仕事をしているうえで一番気持ちが高まる時間。
いつもなら。今日は、少し違う。
ホスト達がちらほらと、店内に入ってくる。
雷さんは何気なく、俺の側に歩みよってくる。
真っ黒なスーツの中に赤いネクタイ。
何だか目がチカチカする。
俺の胸にはアンジュにもらったsilverのネックレス。
いつも暗い店内の、小さなスポットの光でキラキラ輝くこのネックレス。
今日はこのネックレスが重く感じる。

アンジュもAVに手を出したりし始めるのだろうか。

ネックレスはますます重くなっていく感じがした。

「彩人、今日からお前、無理にシュナちゃんにボトルをあけさせるのをやめろ。お前がカオルを抜いてNo1になりたいっていう気持ちはわかる。だけど、シュナちゃんがAVにまで出るようになったのは、お前のNo1になりたいってエゴに、シュナちゃんがつき合わされた結果だ」

 No1になりたくて。ただNo1になりたくて。

雷さんの話を聞いている時の俺自身が怖かった。
これは、シュナへの罪悪感じゃない。AV女優になったもんは、もうしょうがない。
シュナに開けさせないとNo1になれない。そう思い続けている自分が恐かった。

これは歌舞伎町マジックなんかじゃない。

もう、自分は歌舞伎町という舞台から引くことができないのだ。


「雷ちゃん雷ちゃん、エゴに付き合わされた結果っー言い方はおかしいで」
「カオル!」
 腕を組み、壁に持たれながら、カオルさんは片手に火の付いたタバコを持ち眠そうな顔をして、つぶやいた。
「No1にしたげたいって思ってシュナちゃんが勝手に働き始めたんも悪いやろ。別に彩人が女優なれ!て強制したわけちゃうねんから。シュナちゃんに限らずこういうことはよくあったやろ。過去にも。とまらへんくなってしまった一般のお客さんがソープなったりとか。ホストクラブにはつきもんみたいなもんや」
 お前なぁ・・・、と、雷さんはため息をついた。
そしてカオルさんは俺の方を見ると「そうやんな」と同意を求める。
「はい」と答えてしまう自分が悲しい。
こんな時にでもNo1とNo2の差は一目瞭然だ。
「雷ちゃん、妙に最近シュナちゃん関係の話で、彩人につっかかるやんなぁ」
「何言ってんだカオルまでアリスみたいなこと言い出して!俺は純粋にこの店の風紀のことを考えてだな」
 雷さんはあせると早口になる。と、店の誰かが言っていたけど、まさにその通りだと思った。
早口になったら雷さんをまぁまぁそうカッカせんと、と、カオルさんは幼い子供をなだめるかのように、耳元でボソッとつぶやくようにささやく。
「ドラマでいうなら..『そこに愛はあるのかい?』」
「なっだから違うっていってるだろ!!!!!!!!!!!!!」

 カオルさんと雷さんのやりとりを前に俺は店内をボーっと見渡していた。
 一時間経てばこの店内には客が入る。
 そして、俺は今日もやっぱりカオルさんに勝ちたくて、シュナに高いボトルを注文させ、飲めない酒を飲む。飲んだ後はトイレで吐く。
 俺がトイレで吐きつくす酒は、シュナがヘルスで稼いだ金で頼んだ酒。
 シュナがAVに出て稼いだ金。それを全部ゲロにして、最後は水で流す。
 いくらあったって全部俺が吐き出してトイレの中に流すんだ。
 だからいくらシュナが俺に金を使ってくれても、それは全部流れていくんだ。
 だけどNo1になりたいんだ。
カオルさん。これはホストクラブにとってはつきものなんですよね。
そうだ、もう、つきものなんだ。

 あの頃の俺は愚かで だけど 自分の愚かさえ 気がつかない程に 夢のポジション NO1を目がけて 
 毎日 毎日 飲んだ 
 そして 何十人もの女の子に 同じ愛の言葉を囁いて
 彼女らが稼いだ金で 高級ボトルを飛ぶようにあけさせた。
 俺にそのボトルの価値があったのか。
 そんなことを考えだしたらキリがない。
 だけど譲れないものがあった。 
 誰を傷つけてもいいから。
 たとえ自分のためにソープになろうがAV女優になろうが、それは俺にとっての「毎度あり」だ。
 
 金さえかけてくれれば何だって綺麗に出来上がるさ。
 「本物」じゃなくても、金さえかけてくれれば、本物のそぶりくらいできるさ。
 あけてくれるなら、愛だって囁く、愛だって注ぐよ。
 俺がそうさ。本物のフリをした偽物。
 そんな偽物を手に取り 本物だと疑わない客。

 さて、どっちが商売上手?どっちが幸せ?

 シュナはその日店には現れなかった。安心した気持ちと焦りが同時に心を支配する。
 いつからこんな人間になったんだろう
 答えはもう わからない






***


 店に現れた。いつもと変わらない笑顔で「彩人っ!」と手を振っていた。
 最近シュナは少しやせた気がする。今、そんなことに気がついたんだけど。
「もう彩人ぉ会いたかったぁ」そういっていつものように俺に抱きつこうとした瞬間、雷さんがシュナの腕をつかんだ。
「シュナちゃん、ちょっといいかな。」「え?」そういうと、あっけにとられたまま、シュナは雷さんにひっぱられ、店から消えた。
 何かのドラマのワンシーンを見ているようだった。
 題していうなら花嫁奪還..。
 「王子様がお姫様を、悪魔から救いにきたんやね」
 カオルさんは微笑んだ。
「俺、悪魔ですか。」
 俺が渋い顔でつぶやくと、カオルさんはケケケと笑う。
「あんな、正義のヒーローよか悪役の濃ゆいキャラのが、以外にファンがつくもんやねんで。」
 じゃあ仮に雷さんが正義のヒーローで悪役の濃いキャラが俺だとしたら。
 カオルさんは一体何だろう。どのポジションだ。
 どんな魔法も使える魔法使い。そんなところだろうな。
 魔法使いの言葉はいつも妙に説得力がある。
さすが、魔法使い。悔しい。まだ、全然、この人には歯がたたない。 

 
 初めて会ったのはいつだったかな。確か三ヶ月くらい前。
 この店初めてで、友達と来たんですよ、と、笑顔で彼女は俺の前で微笑んだ。
 薄ピンクのドレスに、ゆるい巻き髪、大きな瞳、俺の心臓が大きく音をたてた。
 何だろう。ビビビビッていうんじゃない。ドックン、ドックン。
 心臓が何かにのっとられたかのように、止まれ、止まれ、と言ってもとまってくれない。
 俺は彼女に見入った。初回の方ですね、指名はお決まりじゃないですよね、と、言うと、彼女からでた言葉は「決まってます。彩人くん、睦月彩人くんがいいです!」
 それから彼女は毎週、2,3回は彩人に会いに来るようになった。
 数を数えるごとに、どんどんどんどん、彼女は彩人にお金を落とすようになった。
 気がつけば250万円を一晩で落とすような、彩人のエース客になったわけだ。
 俺は何度か彼女と話したことがあった。
 彩人が他の席に指名にかかった時、ヘルプで「時間つぶし」をしたわけだ。
「今日、寒いですね」そんな会話をふったら、彼女は俺に「冬は好き?」と聞いてきた。
「寒いから嫌いだな。スポーツとかも、夏の方が気持ちいいしね」と、俺が言う。
 すると彼女は笑った。
「あたし、冬、好きなんです。好きな人との距離が縮まる気がする。寒いでしょ?だから、近づこう、近づこうとするの。恋人に限らずにね。それって、何か心臓が近くにある気がして..あったかくなりません?おかしいかな。」
 そういって小さく笑った彼女を見て、可愛いと思った。
 好きな人の距離が縮まる 近づこう近づこうとする。
 彼女の言葉はきっと、彩人に向けられたものなんだろうけど、その時、純粋に、彼女は本当に繊細な子なんだろう、と、思った。
それから「こんばんは」いつもそういって、笑顔で店に入ってくる彼女に、俺は「こんばんは」と言うだけが精一杯だった。
それが今、彼女の腕をつかんで、俺は店の裏までやってきた。
賑やかな表向きとはちがい、裏は静かだ。たまに人がパラパラと歩いてくるだけ。
まるで別世界だ。
 「何ですか、雷さん。」
彼女は驚いた表情のまま、顔をかしげながら俺にたずねる。
ドクン、と心臓が音をたてる。
 腕をつかんでやってきただけで、実は何も考えていなかった。
「..これ以上、お金、使わないでほしいんだ。」
「え?」
 自分でも何を言っているかわからなかった。
だけど、そう伝えるしかなかった。
右手をグッとこぶしにすると、汗が出ているのがわかった。
「もしかして、心配してくれてるんですか。あたしが..AVに出てるの。」
「えっ」
「さっきね、RMに入ろうとしたら、綾人口座の子に言われたの。あんたAVまでやって彩人に貢いでるんでしょって。RMのホストの中でも噂になってるよ、って。」
 噂になってる..
 と、まではいかないが、俺と彩人とカオルはシュナちゃんがAVに出ていることを知っている。
 だけどシュナちゃんが、まだこれからもAVを続けていくと話題は拡大するだろう。
「でね、その子に言われたの。彩人は誰もスキじゃないよ、ただ愛を囁いてくれるのはあたし達が金を使うからだよ、彩人に踊らされてAVに出る、あんたの度胸は尊敬するけどねって。」
「誰がそんなこと」
 雷の言葉をさえぎるように、シュナは続ける。
「ねぇ雷さん。彩人、あたしの事スキになってくれないのかな?AVに出てお金、いっぱいもらったの。このお金で、彩人、あたしのこと、本気で好きになってくれないのかな?」
 何で君はそんな悲しそうな顔をするんだ。
 AV女優になったって噂が充満していることより、シュナちゃんは彩人に愛されないでいる方が悲しいみたいだ。そんなのおかしいじゃないか。
「もう..シュナちゃんやめよう?もう、お金、稼がなくったっていいから..一度、彩人から、うちの店から、離れた方がいい。」
「どうしてそんなことを言うの?絶対いやよ、彩人と会えなくなるなんて、絶対に嫌、耐えられない。あたしは彩人がいなくなったら何もかもなくなる気がするの。彩人はいつか絶対、あたしのこと、好きになってくれる。雷さんだって店のホストじゃない、店に来るななんて、そんなこと客に言うのはおかしいわ。」
 わかってる。俺だって店のホストだよ。だけど、その前に男なんだ。
 プロ失格。自分の勝手な想いだけで、こんな行動をとってる。プロ失格。
 だけど、誰だって譲れないものがある。それが、これなんだよ。今、そう気がついたんだよ。
 夜風がなんだかすごく冷たく感じた。
 彩人がシュナさんを好きになる確率はほぼゼロだろう。彩人にとってシュナさんはNo1になる道具でしかない。AV女優になったとしてでも、何でも、自分に金を落としてくれればきっと満足だろう。
 彩人には才能がある。ホストとしての、才能は全て備わってる。
 だけど、違うだろ。ホストとしての才能より、人間としての本質があいつにはかけてる。
 だからこうして、シュナさんの人生を狂わせようとしてる。その瞬間を、俺は黙ってみてられない。
正義感でも偽善でも何でもない。ただ、
「どうして?今日の雷さんおかしいわ」
ただ
「好きなんだ。シュナちゃんのことが」
「好き?」
 一世一代の言葉に、シュナちゃんはフっと笑った。
「..そうなんだ。雷さん、あたしがAV女優だからでしょ?すぐヤらせてもらえるって思ってるんだ。ヤりたいの?」
 その言葉は、俺の心臓を突き刺した。
そして、俺は叫んだ。大声で、叫んだ。
「俺はヤりたいんじゃない!!抱きしめたいんだ!!」
何かを言おうと君は唇を動かした。だけど君の口からもう何も聞きたくなかった。
君の唇からこれ以上、「彩人」なんて聞きたくなくって、臆病な俺はキスで言葉をさえぎった。
彼女はびっくりしていたけど、涙目になって俺を見つめるその目を見て、初めて離したくないと思った。
一瞬、時間が止まったのかと思った。
無表情にすれちがう人、車のクラクション、噂話、肌寒さ、何も感じなかった。
ただ抱きしめた彼女の心臓の音が小さく聞こえた。
 一瞬驚いた彼女だったが、すぐに俺の腕を振りきって、走っていった。
「嫌われたってかまわないから!俺、しつこいから!ずっと、ずっと、シュナちゃんのこと好きだから!!」
 何ふりかまわず俺は叫んだ。去っていく彼女がどんどん小さくなるなか、叫び続けた。
「好きだ!!!!!」
カン、カン、カン、と高いヒールの靴で必死に、走っていった。
その去っていく足音が"さようなら"を告げている気がした。
 後悔はしなかった。自己満足なのだろうか。
 だけど、これ以上自分の中に隠しておくのは限界だったから。
 ここは歌舞伎町。
 性と欲望と金だけじゃなくて 愛だって この場所のどこかで 存在しているはずだ。
 世界の中心で なんて大げさだ 
 この歌舞伎町の片隅で 確かに俺は君に愛を叫んだ
 確かに 愛を 叫んだ
 店内に戻ると、店はもうopenしていて、いつも通り、にぎやかだった。
 テクノサウンドが頭の中を刺激する。
 暗い照明の店内で、カオルは俺を待ち構えていたかのように、「ほんまに根っからのヒーロー体質やね、雷は」と、つぶやいて微笑んだ。
「お前、見てたのかよ」
「企業秘密ってことにしとくわ」
 カオルは、全く食えない奴だ。
 彩人は、いつもの顔で客を接客している。今日はなんだか彩人の笑顔が無性に目に付いた。
 わかってる。彩人への嫉妬だと。
 わかってるのに止められない。
「人を好きになるってのは一種のドラック現象。止まらない、止まらない、気がついた頃には骨までボロボロ..なんてならんようにね。」
 カオルの"忠告"がやたらに胸に響いた。
俺、最低だな。後輩に嫉妬してイライラするなんて。
シュナちゃんに会いたいけど きっと会ってはくれないだろう。
だけど彼女は彩人に会いたくなるから またこの店に来るだろう
「彩人さぁ何か今日、疲れてる?顔がなんかそんな感じ。」
 客に言われてハッとした。まさか顔にまで出ているなんて。
「いや、何もないよ」
 笑顔でそう言うと、客は「ならいいけど」と微笑んだ。
 -雷さんに余計なことをされた。
 正直、そう思っている自分がいた。
 雷さんがシュナをつついたせいで、シュナは今日、店にやってこない。
シュナがいないと、NO1とNO2の差は開いていく。新しいエース客を見つけないと。
 頭の中でグルグル回る言葉はひたすら、それだけだった。
 まるで客を消耗品扱いしてる。いつからこんな人間になったんだろう。
 この仕事をしているゆえかな。
 それともそれはただの言訳であって、俺はずっとこんな人間だったのかな。
 とてもじゃないけど、世界の中心で愛なんて叫べたもんじゃない。
 たった一人を純粋に愛せるわけもない。
 人間としては失格だ。ホストとしても、こんなやり方は失格かもしれない。
 だけど止まらない。もう、止まれない。
「幼いころには夢が沢山あった。なのに大人になるたび少しずつ現実が交互して、夢、もうなくなっちゃったの」
 いつか店の客がそう言っていた。俺はその言葉の意味が分からなかった。
 将来の夢は何ですか、と聞かれてもなかったのだ。何もなかった。
 だから、「現実」と「夢」に苦しんだりすることさえ経験しないまま、生きてきたのかもしれない。
 中学、高校と夢のないまま卒業してフリーター生活。
 その中で見つけたのがホストでNo1になるとう夢。それが、俺の人生で最初で最後の夢。
 だけど夢を手に入れることがこんなに窮屈なことだとは思わなかった。
 こんなにも他人を犠牲にするんだな。

 人ひとりとして傷つけず 夢を叶えるなんて無理だ
 俺はNo1になりたい その夢がある限りずっと 人を傷つける



 従業員トイレに足を踏み込むと、東吾がタバコを吸っていた。
 セブンスターの匂いが狭い空間の中で充満している。
 俺が入ってくるのを見ると、東吾は「ゲロ?」と訪ねる。
「ちげぇよ。」短い返事をすると、「そうか」と、もっと短い返事が返ってくる。
 スーツの内ポケットから、俺もタバコを取り出す。そしてその手で火をつける。
「お前が悪魔といわれる最大の要素を俺は見つけた。お前が何故、そんなに他人になにふりかまわずNo1になろうとしている理由もわかった。」
 無表情でタバコの煙をフっと、口から東吾が噴出す。
「何だよ、突然」
 唐突な奴だとは思っていたが、本当に唐突すぎる奴だ。
「お前は失うものがないからだ。失うものがないからお前は強いんだ」
「..は?」
「大切なものがあると人は何ふりかまわず行動できなくなる。守ろうとするんだ大切なものを。だけどお前にはそれがない。だから、お前は強いんだ。」
 大切なものがないから 俺は強い?
 大切なものがないから 何ふりかまわず行動できる?
 東吾の言葉は難しい。混乱する俺を前に、東吾は淡々と続けた。
「お前は前、譲れないものがあるといった。譲れないものはあっても、守るものがない。譲れないもの、と守りたいもの、は、違う」
 そしてトイレの水の中に、セブンスターの吸殻を落とした。ポチャン、と音を立てる。
セブンスターの香りが妙に鼻につく。
その香りが、俺の香水と微妙に混じって、身動きが取れなくなるみたいに。
「お前にはあるのかよ、守りたいもの。」
「ある。」
  それだけ残して東吾はトイレから出て行く。
「何だよ、それ!」
 俺はトイレの片隅にあるゴミ箱を蹴飛ばす。
 守りたいものなんかなくったっていい。そんなのは邪魔だ。
 今みたいに何ふりかまわず生きてける方がよっぽどいいさ。
 譲れないもの。No1になること。それだけあれば十分。
 その気力だけで俺は生きてるってわけだ。
 何もなかった俺に生きる気力を与えてくれたのがこの仕事。
 誰にも譲れないんだ。譲れない。だから..。
 時計は深夜1時、店内は満員。店のあちらこちらで、高級シャンパンのフタが飛ぶ。
 今晩も、俺はこの従業員トイレで、毎度のように嘔吐した。
 嘔吐するたび、体は限界だと叫ぶ。やめろと叫ぶ。
 俺にとって守るべきものって体だったりするのかな。
ふと、嘔吐しながらそんなことを考えた。
 だとしたら、必要ない。この体、ブっつぶれるまでやってやる。
それで死ねるなら本能だ。これ以上幸福な死はない。

 夢のためなら 死ぬことさえ 恐れない それがあの頃の俺の最大の強みだった。










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