ACT.4




























 「なぁメシでも食いに行こう」
仕事終わりの早朝4時。雷さんが俺の肩をたたく。いつもなら体が眠い眠いと声をあげるはずだが、今日は何だか平気だった。「行きます」と返事をすると「さすが彩人」と意味のわからない答えがかってくる。
それにしても雷さんは、いつ何時時でも元気だ。
あ、もうそろそろ美容室に行かないと。ふと、店の控え室に貼ってあったカレンダーに気がつく。
彩人はツヤだしトリートメントを二週間に一度、欠かさず行っている。カラーリングは一ヶ月に一度。オフの日はほとんど美容院にいる、その話を以前東吾にしたら「めんどくさいし金もかかるだろう。黒髪が一番だ」といわれてしまった。
「ご飯!?僕も行く!」
 話を聞いていたアリスが、手をあげる。
しかし雷さんはにらみながら、手でアリスを追い払う。
「お前は来るな。ガキは帰って寝ろ」
「新人いじめするなんて最低なオヤジだねっ。絶対行くもーん。」
 オヤジ!?と、雷さんは絶叫してがアリスはオヤジじゃんと、連呼しまた2人は乱闘になっていた。もう日常茶飯事、よく見られる光景になってしまった。ここまで雷さんを怒らせるアリスにも、何らかの才能を感じる。
「東吾、お前も行こうぜ。」
 俺は東吾に助けを求める。
「ああ。行く」
 東吾はうなずく。東吾って寝なくても大丈夫そうだな。あくびしてるところとか、眠い、なんていってるのも見たことない。酒だって「好きじゃない」とは言っていたが、かなりザラだし、感情に波がない。かなり夜の商売向き、な、体質なのかもしれない。
俺は酒もダメだしすぐ眠たくなるしで、夜の体質じゃない。それを努力に代えてNo2になった。東吾だってもっとやる気出せば、今以上の人気はとれるはずだ。
なのに本人は「今以上に向上しようとは思わない」といつも言う。
まぁ東吾はそんな奴だ、何て思いつつも、俺は心のどこかでいつもイライラしながらも、思っていたのかもしれない。
ーもったいねぇ 宝の持ち腐れだ 俺にその体質があったらよかったのに
 今おもえばその気持ちが俺の知らず知らずのうちに東吾に気がつかれていたのかもしれない。
いや、東吾だ。気がついていただろう。そんなイライラにいつも付き合わせていたんだ。


 俺は最低だ。今更になるけどお前に謝りたい。
 そしてこんな俺を見捨てずに友達でいてくれて ありがとうって 感謝もしたい。
 なぁ東吾 お前は今も相変わらず無表情で酒なんか飲んでる?
 何に関しても無反応なお前が唯一「好きだ」、と、断言したのはSeven Sterだけだった
 あの店でお前は今日も、無表情な顔して酒飲んでるのか。
 シャンパンコールの中でも 無表情な顔してSeven Ster吸ってボケっとして雷さんに怒られたりしているのか?
 シャンパンコールも 雷さんの怒鳴り声も 俺には もう 聞こえないけれど
 もう 聞こえないけれど





 メシを食った後、雷さんとアリスと別れ東吾と二人バス停の前でタバコを吸った。
 別にバスを待ってるわけじゃない。座る場所が欲しかった。
「東吾、お前ほんっとヘビーだな」
 俺が見る限りずっと東吾はタバコを吸ってる気がする。
メシを食っている間ですら灰皿には吸いさしのタバコがケムリをあげている位だ。
「一日どれくらい吸ってるんだよ」
「わからん」
 即答だった。わからんくらい吸ってる、ってことだろう。
俺も東吾につられるように、タバコに火をつける。俺は東吾みたいにヘビーじゃない。
やめろ、と言われたら明日にでもやめられる気がする程だ。
 しかもメンソール以外、合わなくて吸えない。
吸い始めた時期も遅かった。高校を卒業してフリーター生活を始めてから、何となく、吸い始めた。それが大人の証なんだと思った。
今思えば中学生の背伸び、みたいなキッカケで、恥ずかしくて誰にもいえないけれど。
ホストになって、タバコの本数は増えた。
カオルさんがタバコを吸う姿がかっこよかった..っていうのもあるけど、俺が吸いたくて吸う、んじゃなくって、客に吸う姿を見せる、と、タバコ本来の姿も変わった。
何だか自分の行動すべてがパフォーマンスだな。
一体 どれが 本当の 自分なんだろ 俺自身も それが わからない。
目の前の道路はガラ飽き。少しずつ車の量が増えていくだろうけど、今はここが東京ってことすら違和感を覚えるくらい、静かだ。いや、ここが静かなだけか。
一歩出れば、朝だろうが何だろうが24時間眠らない東京がある。
そして その東京で ホストとして 生きる自分に あとどれくらいの 余命があるか。
「彩人。お前、No1になったあと、どうするんだ。」
 東吾は無表情で口からケムリを吐き出す。いつ見ても東吾の黒髪は艶やかだ。
No1になったあと?不意の質問に俺は言葉を失う。
「どうするって..その時考えるよ。とにかくNo1だ。手に入れたら、次、次って欲が沸いてくるっていうじゃねぇか。」
 必死だった。No1になった後なんて何も考えてない。
今はただNo1、それだけが愕然と頭の中をグルグル回転しているだけだ。
そんな俺の姿を見抜いてか、東吾はつぶやいた。
「欲が沸く、か。だがお前の場合はわからん。お前はNo1になったらそのまま消えそうだな。」
 ジュ、と音をたててセブンスターの火をバス停の横にあった銀色の灰皿に押し付ける。
そして東吾は俺に背を向けると、振り返らずに歩き出す。
俺は金縛りにあったかのように、バス停のベンチから動けない。
 No1になったら そのまま消えそう?
喜んで、だ。なのにどうして時々不安になったりするんだろう。

 ホストを辞めたら 俺には何も残らない 今 を失ったら 俺には未来なんてない

がむしゃらだった。俺はNo1に命を注いでいた。
悲鳴をあげる体に毎晩毎晩酒をあびるように飲んで吐いて、客の視線を気にしながらいかにカッコよくタバコを吸って、横目ではカオルさんの真似をして。
後悔はしてない。あのときの俺にはそれしかなかったから。
後悔はしてない。 何もなかった時の俺を救ってくれたのがこの仕事だったから。
 だけど タバコがやめられなくなってしまったみたいだ。
もう 吸うことに 価値なんかないのに。







 全く知らない世界へ飛び込んだ。

 俺の住んでいた大阪は消して田舎なんかじゃなかったと思う。だけど新宿駅に着いた時、俺は息を飲んでしまった。これが東京か。
 あの頃は後先のことなんて何も考えてへんかったんやと思う。
何も考えず、住むところさえ決めず、荷物だけかかえて上京。
それが「若さ」。今は先に進むのも後ろに戻るのも考えてしまうな。
 考えるだなんていっても答えもちゃんと明確に出せないんやけど。
気がつけば時間だけが過ぎていくっていうやつ。情けない。

 狭い控え室の中、一枚の履歴書を広げ、中年の男はタバコに火をつけた。
 Rolling Moonの経営者である原田は、眉をひそめる。
 ここ一週間で自薦20人目の面接者。だいたい、面接で断る、ということはあまりしないが、今回ばかりは慎重になる。
 Rolling Moonにここまで自らホスト志願者が来るとは、完全なカオル効果だ。
 カオルとは、氷咲カオルのことだ。このRolling Moonにおいて不動のNo1を誇る超人気ホスト。先日、カオルのドキュメンタリーが、全国区で放送された。
 と、いっても深夜に一時間だが、深夜、テレビの中に写る「王子様」に、何十万人の女性が心を奪われたことか。
 あの日以来、またカオルの指名客は倍増する一方だ。
 TVのタイトルは「TV!!24!!〜超人気ホスト・月収500万円の氷咲カオルに密着」。
 TV放送の効果は、カオル指名客倍増だけにとどまらず、「カオルのようになりたい」と、どんどんホスト志願者が面接にあらわれるようになった。
 放送内容は、カオルがホストになるまでの半生と現在の生活を混合させたドキュメンタリーもので、家賃75万円のマンションに住むカオルの姿に、視聴者やホスト志願者はド肝を抜かれたという。
 カオルの母親が5歳で他界。
 その後父親と二人三脚で歩いてきて、幼少時代に経験した貧乏生活のトラウマからか、異様なまでに金に執着するようになり、そして売れっ子ホストになるため状況、現在、ホストを認めてくれない父親とは絶縁。
 お金は入ってくるけど、父親とは連絡がつかない、金目当てでよってくる女の子ばっかりで、カオルは高収入とひきかえにすべての愛は失ってしまった.とテロップで流れていた。
 内容はTV局の独断で、かなりハードにされてしまった。
 カオルはこの放送を見て、笑うのを我慢していた。
「うそばっか流されて、何のための取材やったんやろうか」、と、つぶやいて、やっぱり笑い出した。
「ドラマちっくに仕上げた方が視聴者は食いつくし」、と俺が言うと、カオルは「そやけどやりすぎっしょ、俺と違って全然違う人の人生みたいやないですか」と笑った。
「俺、オヤジとはごっつ仲いい。最初はケンカばっかやったけど。むしろ、今、応援してくれてるしなぁ。貧乏生活。そんなことないと思うわ。別に、普通の父子家庭ってゆうか。愛をすべて失ったって。ちょっとひどい言い方やわ。俺はみんなの愛あってこそのカオルやのにさ。」と、続けた。
 カオルの言葉に間違いはなかった。
 すべての愛を失っていたら、カオルはこんなにいい笑顔ができるわけがない。
 むしろ彼は全ての愛に恵まれて育ったのではないかな。

「あ、でもそうかも。俺と違って全然違う人の人生。そうやね、これは『氷咲カオル』であって、俺ちゃうもんね。」
 そう言うとカオルは笑った。

 人材はいつだって欲しいが、どの新人も一ヶ月と続かない。ホストの世界は厳しいのだ。
 放送以来地方から大量に送られてくる履歴書の山と鳴り止むことのない問い合わせの電話を前にそう思う。
 夢のような生活ができるホストなんて、ほんの一握りだというのに。
 ふと腕時計を見ると時間は5時。今日だけで面接が4回。
 当然だが次から次にヤローばかりで嫌気がさす。
「カオル、お前のおかげで求人がたくさん来るようになった、ありがたい、ありがたい。」
 原田は控え室でジュースを飲んでいたカオルに声をかける。
 氷咲カオルは2年前「Rolling Moon」に入店するやいなや、その端麗なルックスと軽快なトークで、あっという間にNo1に躍り出た天才ホストだ。
 まだたった2年しかたっていないというのに、カオルの存在は異様だった。今やホスト雑誌の表紙を何度も飾り、TVで特集されることもしばしば。
 カオルは完全にRolling Moonのドル箱アイドルだ。
「なーんや原田さん、ありがたい言うてるわりには顔が怖いねんけど」
 カオルが笑う。
 すると、原田はいやいや、と手を横に振る。
「いや、ありがたいよ。新宿駅でお前を見た時、こいつは使える!と思って俺がスカウトしたけど、まぁさかここまで売れるなんてな。だてに俺も現役時代No1やってたわけじゃないなと。」
「まだホストの世界、未練あるん?」
 カオルの瞳が動く。
「いや、経営の方が楽しいね。この年になると。まぁもう一回モテてみたいっていうのも、あるけどな。」
 笑いながら原田は控え室の椅子に腰を下ろす。カオルもそれにつられるように笑う。
 カオルをホストにスカウトしたのは原田だった。
 当時のカオルは新宿駅前で、大きな荷物をかかえ、ボケっと突っ立っていた。


 真昼間の新宿駅前、すれ違う女性の視線はカオルにあった。
 原田も同じだった。一瞬の視線。それだけだったのに。
 カオルを見た瞬間、声をかけた。
 ルックスだ。高い身長とととのった顔立ち。そしてどこか少年っぽさの残る雰囲気。
 気がつけば原田はカオルの肩をたたいていた。
「君さぁボケっとして何してるの?その大きな荷物は?もしかして、上京したばっかりなの?」
 派手なネクタイに茶色の髪の毛、腕には金の時計。
 原田さん、第一印象怖すぎた、だって普通のサラリーマンにはどうみたって見えなかったから、これが、東京のオヤジなんかって!めっちゃビビったわ、と、後になってカオルから聞いた。
 確かに、話しかけた時カオルの顔は強張っていた気がする。
 大阪から上京したてで、金もないし土地勘もないし行き場に困っている、って話をカオルはしたかな。 整った目鼻に加え、クニュっとあがる口角が印象的だった。
 カオルのルックスに関西弁が妙なくらいマッチしていて、俺は久々の「大物」を前に興奮を抑えられなかった。
 こいつはいい!ホストとして使える!
 そう確信したのだ。
 どうして上京したの?と聞くと、カオルは確か、そう、この瞬間だけは何にも動じず、はっきりと前を見て答えた。
「夢があって。東京に来ないとかなえられない夢があるんです」
 と言った。だけど金がないのを忘れてたんですけどね、と付け足して言っていた。
 つまり後先を何も考えずに東京にきた、というわけだ。
 俺が「ホストなんか興味ない?寮もあるし住むところはあるし、一応、かせげるよ。」と、カオルを誘うと、「やります!やらしてください!」と、即答した。あまりの答えの速さに、驚いたが、カオルはきっとのたれ死にする寸前だったのだろう、「救われた〜やっぱ東京にも優しい人っておるんやなぁ〜」と、つぶやいていた。


 あれから2年。のたれ死にそうになっていた男は、今やこの店の看板ホスト。
 この店を支えているのは、完全に氷咲カオルだ。
「カオル、悪いな。」
「なにが?」
「お前、夢があるっていってたよな。夢の為の資金集めだろ。500ももらえたら資金もクソもないだろ。お前やりたいことがあるだろうに、店の為に、いてくれてるんだろ」
 俺が真剣な顔をしてそういうと、カオルはプっと吹き出すように笑った。
 そして、テーブルの上に置いてあったタバコの箱から、一本、取り出す。
「やめてくださいよ。そーゆうの。そういうつもり、ちゃいますから。」
 カオルはタバコに火をつけると、うつむき気味に携帯電話をいじり始める。
 俺が、『関東地区人気ホスト特集』の中でカオルがホストの仕事について、と、聞かれ「一生の仕事やなんて思ってへんけど、ホストの仕事は、今はこれだって思ってることやから。目の前にある目標を全部達成して、次のステップに行きたいんですよ。だから、今、ホストって仕事で自分を試してるんです。」と、語っていたことを知るのは、もう少し先のことだ。

 彼の夢が何なのか それは 俺もわからない
 時々真剣な話を持ち込むと それをかわすかのように カオルは笑う
 その笑顔に流され 未だ カオルの夢 はわからないまま
 きっとカオルは夢を誰にも話すつもりはないだろう 叶えるまでは 
 叶ってもいわないだろうな 口に出さないだろうな 口に出さず 次のステップ目指すんだ
 カオルは そういうやつだ



「今日、面接はもうないんですか」
「ああ。4時半に一人、いるよ。18歳の子だけど」
「4時半っていったら..もう15分前やん」
 大して興味はなかった。
 またどうせカオルくずれみたいな者がくる。とりあえすカオルくずれの中から5,6人採用して..続くのが1人いるかどうか。その1人だって売れっ子になる、なんて保証はない。
 カオルと談笑を続けていると、控え室の扉が3回ノックされる。
 あ、面接か。腕時計を確認すると面接時間の5分前だ。
「どうぞ」
 そう言うと「失礼します」と同時に男が部屋に入ってくる。
 その瞬間、俺は久々に息を飲んだ。
 男は顔が小さく、足が長い、長身でほっそりとしたモデル体系。
 少し辛口の顔立ちとのバランスがいい。特に目元だ。目じりがグッと上がっていて、それでかつ秘めた瞳が何かを物語っている。
 ホストはルックスじゃない。だけど、面接の第一難関はルックスでもあるのだ。
「そこに、かけて。」
 原田がそう言うと男ははい、とつぶやく椅子に座る。男の正面にはカオルが座っている。
 手に汗が流れる。この衝撃はカオル以来かもしれない。
 俺は震える手を落ち着かせるかのように、こぶしを握り締めた。
 カオルの正面に座った男はすぐに声を出した。緊張しているおももちは、まったくなかった。
「氷咲カオルさんですよね?」
「そうやでー。」
 カオルは笑顔で返事をする。
 男は「雑誌で見たまんまだ」と少しだけ感動していたが、すぐにカオルの方をまっすぐに向いた。
 その視線に迷いはなかった。
「俺はカオルさんに憧れて面接に来ました。ホストになりたくって来たと同時に、No1になるために、来ました。目標はNo1。それだけです。カオルさんと並ぶ、じゃなくて、抜くのが夢です」
 本人を前に堂々の宣戦布告。
「夢があって。東京に来ないとかなえられない夢があるんです」俺は当時のカオルの姿に、男を重ねた。ソックリだったのだ。揺るがない信念、そしてその奥にある強い意志、あきらめることを知らない強さ。カオルは男の言葉に「おおっ」とつぶやき、「何かはずいなぁ」と少し笑った。
「君、今日から働ける?」
「はい!」



 何だかだいぶ前の話みたいに聞こえるけど、あれから、まだたった一年しか経っていないんだよな。
 カオルと彩人の出会いはお互いにとって必然だったのだと俺は思うよ。
 彩人、お前には話していないことがあるんだ。
 お前の面接が終わった後、いつもおちゃらけしてるカオルが、今まで見たことないくらい真剣な顔で、俺に言ったんだ。
「あれは怖いね。俺もウカウカしてられへんわ。店入って始めてやね。こーゆ−気持ちになったんわ。」
 ってね。
 今じゃNo1 と No2対決は店の見世物状態。TVで報道されることもしばしば。
 酒も飲めてトークも軽快いつもニコニコ顔のサービス満点な天才肌のカオルと、酒が苦手で毎晩嘔吐の繰り返し、駄目だと思えば顔に一瞬顔に出てしまうけど、勢いのある努力家の彩人と。
 対照的で楽しいよ。だけどどこか似ているんだろうな。
 この店はおもしろい店になったのかもしれないね。経営者としては非常に、ありがたいことだけれど。だけど お前はまだ気がついてないのかもしれないね
 彩人 お前の才能は 誰よりもカオルが最初にわかっていたんだ。
 そういうことをね。




「これ見てな。これ。昨日、金ためて買ってもった!」
 朝7時。
 クローズした店内で、カオルさんは手のひらサイズのデジカメを満足げに手にとり、店内をパシャパシャ撮影していた。カオルさんの給料じゃデジカメなんて金ためて買うまでもないだろ、と、俺は思ったけど、そうですか、と返事をしておいた。
 雷さんとはあれから口を聞いていない。店内の真ん中で、パソコンを無表情で触っている。何だか東吾みたいな顔をしている。その東吾はソファで夢の中。
「カオルさん。」
「何や。」
 俺の声に返事をしながらも、パチ、パチ、というカオルさんのデジカメ撮影は止まらない。
 そして俺にカメラを向けて、パチっと一枚撮った。
「おお、男前に撮れたでー」そう言って微笑んだ。微笑む口元からは八重歯がチラっと見える。
「何でカオルさん、ホストになろうと思ったんですか」
「いきなりやなぁ。」
「俺もいきなり思いついたんですよ」
 そういうと、カオルはそうなんやーとつぶやく。
「俺の場合上京して金、ぜんぜんなかったし。高収入でポリさんにお世話にならん仕事は何やろかーと、たどりついたのが今の仕事。ホストもポリさん捕まる一歩手前かもしれんけどなぁ」
 -本気で答えてくれているんだろうか。
 そう思った。

 何でカオルさん、ホストになったんですか。



 その言葉で一瞬記憶がよみがえった。痛いこと聞かれたっちゅー感じやなぁ。
 今、こうして歌舞伎町のネオン街で、そしてこの店でNo1になったとゆうこと。
 時々全て夢物語に思える。
 仕事が終わって昼過ぎに起きると、まだ、時々地元の友達の顔が浮かんでくる。
 あの街を離れてもう何年も経っているのに。
 まだ、あの時の記憶は明確に残っている。
 コンビニの前で深夜まで友達と語りあかすのが楽しかった。
 東京いきてぇ、なんて、言ったりもしてた。あの服のブランドが大阪にはない、心斎橋や難波なんかちっこいちっこい、と、騒いで、ただ東京の言葉に憧れた。
 今、あのコンビニの前には夜になり出すと、あの頃の俺たちと同じように高校生がたまる。
 彼らも同じ話をしているんかな。
 一体何をそれだけ話すことがある?そう聞かれることもしばしばだったけど、俺達には聞かれても答えなんてスグ言い出せない程、本当にたくさんの話があり、そこには夢もあった。

 田舎でも都会でもない、だからといって何もこの街に不満はなかったはずだ。

 なのにひとつひとつ、毎年毎年、年をとっていくうちに、この街を出なくちゃいけないのかもしれない、と誰しもが考え出す。新しい土地での就職、夢を追いかけ上京。
 事情は人それぞれだが、制服を脱ぎ捨てた瞬間、街は僕らに「大人になって」と語りかけてくるようだ。
 コンビニでバカ騒ぎした仲間は今どうしているだろう。あの街には、もういないやろうな。
 新井に柴田に、勝又に、野村に..。すれ違ってももう気がつかないやろおうな。
 もう立派な大人の顔になってたり、大学生になってたり、みんな新しい環境で一から全てを立ち上げてるんやから。そう、俺もそうやから。
「今月のNo1は氷咲カオル!」
「毎度―!」
 歌舞伎町にある店内でNo1コール。一番、この瞬間が今、自分の存在がここにあります、と、証明できる瞬間。栄光のポジション、そして時々使い道に困る程の給料。そして、これが俺の上京して作り上げた「世界」。
「ねぇねぇ、カオルってさぁ高校の時からモテてたんでしょ?」
 最初は奇妙に見えた関東の女の子の話し方も、今じゃ抵抗なく受け入れられる。
 逆に自分が関東なまりになっていかないことが不思議や。
「モテモテやったでー」
 冗談交じりに笑うと、女は笑顔でやぁだーといいながら、俺の肩を叩いた。
「やっぱり!ね聞きたい聞きたい、カオルの高校時代!」
「そうやねぇーまず高校に入学したとたんに200人のファンクラブが出来てんね、それで、毎朝白馬に乗って登校したり」
「もぉ!本気で聞いてるのにぃ!」
 女はぷうっと頬を膨らませた。俺はゴメン、ゴメン、と笑いながらタバコに火をつけた。
 高校時代の思い出。何かあったやろうか。普通の高校生でした。
 それくらいしか、ほんまにないんとちゃうかな。
 創立して50年の校内は綺麗なんてもんちゃうかった。
 砂埃にまみれた教室に、体育館は床が落ちそうなくらいきしんでいて、ダルい授業は屋上の上で仲間とタバコ吸いながらさぼってた。
 金髪の髪の毛を何とかしろ、と毎朝怒りに教室までやってきた、毎日上下青ジャージの生徒指導の飯島、だけど何だか憎めない奴だったな。
 2年間付き合った彼女の名前は下田百合。
 あの日見えなかったものは何なのかな。
 今になってうっすらそれがわかってきた気がするのに。
 卒業後すぐに百合とは上京することが原因で別れた。
 俺たちの2年は、そこで終わった。
 夢があった。東京に行かないと、叶わない夢。
 って言い聞かせてただけで、東京じゃなくてもよかったのかもしれない。
 だけど今出ないと 今走り出さないと
 俺は自分を焦らせていた。でっかいスポーツバックと、でっかいカメラを首にぶらさげて、大阪を走り出た。
 お金なんかほとんどなかった。渋谷を歩いていると、「キミキミ」と呼び止められた。
 キミ、なんて言葉を生で聞いたのが初めてで、好奇心で振り向いてしまった俺は、気がつけばホストクラブっていう舞台に立った。
 上京後、一度実家に帰ったけど、ホストやってる、と、正直に言うと、親父に案の定勘当されてしまった。第一声は「二度帰ってくるな!!」だった。
 それから一回も実家には帰っていないけど、最近、親父から「雑誌見た。お前も頑張ってるんだな。」と、短い言葉が留守番電話のメッセージに残っていた。
 俺はそのメッセージを何度も何度も再生して、不器用な親父らしい、と、ひとり笑ってしまった。
 また時間が会ったら 帰るで
 その言葉、伝えたかったんやけど、伝える暇も時間もなく、何ヶ月も経ってしまった。
 季節は何度もめぐってその度、どんどんこの世界に染まりきって、抜け出せないでいる自分が居ることも確かだ。気がつけばカオルさんに憧れてホストになりました、なんて、言われるまで古株になってしまった。

「今度、下田、ママになるんだってさ。最近、街で会ったらすげぇ腹でかくなっててさ。俺、ちょっと感動した。お前も時間空いたら、地元、ちょっと戻ってこいや。みんな誘ってさ、一晩だけでいいから、飲み明かしたり、してみいひん?」
 突然の着信に変わらない新井の口調に俺は少し笑ってしまった。
受話器の向こうからは、あの街の匂いと、高校の時の思い出がよみがえる。
「うん、絶対、行くで」
 俺は一人、電話を片手に笑顔になる。
 夢はある。ホストはその途中で見つけた「拾い物」。
 やけど俺はなんぼなんぼのナニワ大阪人。無駄な使い方はしぃひん。今はホストの世界で真剣勝負。夢に近づくのは、この仕事を終えてから。
 上京して失ったもんもあったかな やけど こうして 失ったと思っても よみがえってくるもんかて あるんやね。俺には守るものがある。夢もある。だから..

 大切に 記憶の中で あの頃を守ってゆけるように







 別に偉そうなことを言うわけじゃなけれど
 努力すれば願いは叶う だなんて笑ってしまった
 生きてこのかた何かに必死になる、死に物狂いになるなんてことなかった気がする。
 別にそこまでっていうものがなかったのかな
 今まで生きてきた世界は 息もできなかった
 だけど今の仕事と出会えて 生まれ変わるって言葉を実感した
 この仕事は俺に命をくれた
そして この仕事を失うと言うことは 俺が命を失うということだ
 いっそ殺してくれたってかまわないよ
 努力すれば願いは叶う 
 今なら信じられそうだ


「アヤは生き急ぎすぎ。」
 俺はカオルさんに火をつけられて、それでいつも東吾の言葉に目を覚めさせられる。
 東吾の言葉は覚醒という名のドラッグだな。
 2人でタバコを吸っている時が一番落ち着く。東吾と出会ってまだ2年位しか経っていないけど、ずっと一緒にいるような感覚にさえおちいってる。本当に不思議な奴だ。
 俺ばっかり話している気がするよ。東吾は自分のことを話してはくれないけれど。
 すれ違う女の子に話しかける。目的はキャッチ。客引き。
 新人のころには戸惑ったけど、今はもう日常茶飯事。生活の一部だ。どんなに売れっ子になっても俺はきっと続けるだろうな。こうしてコツコツ客を集めることだってNo1になる為の肥しになるかもしれないんだから。
 繁華街のど真ん中で東吾と携帯片手に通行人を観察する。基本的には派手な服装に高そうなブランド品を持ってる女をキャッチする。まぁ同業者、みたいな人間を。
「あの人、雑誌に載ってたホストじゃない?」
「えーっやっぱめっちゃカッコイイ..。」
「何あれめっちゃキモイんだけど」
 色々な言葉が交差してどれも耳に入ってくるけど、中傷されたり冷やかされたりもあるわけだ。
 だけどそんなものは気にしない。何かしようとすれば、必ずそういうモノも背負わなくちゃいけない。目立ってこそのこの世界だ。
 それすらできないなら何もできないじゃないか。中傷になんか怯えてられない。
「彩人ぉ!東吾ぉ!」
 時々客に会うことだってある。今日も、でっかいシャネルのロゴが入ったかばんを片手に、フランス人形みたいな髪型をした女が俺に手を振る。今から仕事だそうだ。ユリ、彼女の職業はキャバクラ穣。
「おー今から仕事?」
「うんっ今日、帰りRM行くから」
「おお、待ってる。」
 短い会話。その中でいかに恋人気分にさせるか。
 それが営業。カオルさんの営業はどっちかっていうと、フレンドリーな友達カップル、みたいな感じだな。同じことで勝負したって意味がない。
 俺はどれだけ「本物のカップルらしさ」に近づけるか、で、勝負するんだ。
 去っていくユリの背中を見つめながら、東吾はつぶやいた。
 相変わらずの無表情で。
「アヤはホストになっていなかったら、犯罪者になっていたな。結婚詐欺師になれる。」
「ホストだって一歩間違えれば犯罪者だよ。俺、ホストになってなかったら、今頃とっくに死んでる。誰にだって譲れないもんがあるだろ。俺はこの仕事がそうだったってこと。」
 今頃とっくに死んでる
 まさにその通り。目標もなかった。目標なんてあったこと、なかったかな。
 中学生になって高校生になってそのままフリーターになって。
 何かに熱くなるなんてこともなかった。誰かを心底愛したこともなかったな。
 ただ流れて流れて生きてきたから。そのまま流れてたら何処にも辿り着かなかっただろうな。
 そのまま死んでただろう。
 ホストっていう仕事に出会えたことは 生涯で一番、最高の出会いだった
 この先 こんな最高の出会いは もう二度とない。

 彩人の仕事への熱意は、話していると時々、何かビリっと痺れるような感覚を覚える。
 アヤが、もし、今、仕事を失ったとしたら、本当にこいつは死ぬだろうなと本気で思う。
 死ぬ、なんて言葉は生きている立場からすればすごく非現実的なものに聞こえるが、彩人の口にする「死」は何だかすごく身近に感じて、この俺ですら恐くなるのだ。
 東吾は彩人に視線を向ける。彩人はメールを必死に打っている。
 誰にだって譲れないものがあるだろ。
 前にもアヤは俺に同じ言葉を投げかけた。
 彩人のその言葉に対して無気力で21年間生きてきた、と答えたような気がする。
 意識して無気力だなんて思ったことはない。
 周りにやる気がなさそう、とか、ダルそう、とか、人間離れしてる、と、言われることが多いのだ。
 ホストの仕事を始めたきっかけは、深夜ボケッと歩いていたら、スーツを着た実に胡散臭い男に話しかけられた。
 男は俺の肩をたたいて、「ねぇ君ホストとか興味ない?」と言った気がする。
 その胡散臭い男って奴は、この店のオーナーである原田さんなのだが。
 原田さんは「氷咲カオルって知ってる?有名なホスト。うちの店の子でね。君、なかなかホストにいけると思うよ、第二のカオル、なんて目指してみない?」と続けた。
 氷咲カオルなんて人間は全く知らなかったし、自分のどこがどうホストにいけるのか、だとか、疑問だらけだったが、原田さんは偉く熱心にずっと「ホスト」「ホスト」と連呼した。
 そして俺はyes も Noもなしに、気がつけばホストになっていた。
 店内に初めて連れて行かれた時、彩人とも初めて会った。彩人もその日が、初出勤だったのだ。つまり俺とやつは、同期というわけだ。
 ヤツは確か..黒いスーツを着て新人とは思えない位堂々としていたっけ。
「東吾は初対面の時めっちゃ恐かったな。だって舌ピアスに耳にも数え切れないくらいピアスしててさ、しかも無表情でボサっと立ってるの。迫力に圧倒されたって。しかも同い年に見えなかったし。」
 昔話をすると、彩人は必ず俺にそう言う。俺から見た彩人の第一印象は..忘れた。
 ああ、やたらに香水くさくてホストっぽい男だなって思った。
 というか、ホストなんだな。
 金髪の髪の毛を一生懸命逆立ててるな とも思ったな。
 いまだに気が合うとは全然思えないが、同期だしなんとなく一緒に行動するようになっていた。
 彩人は自分では気がついてはいないと思うが、かなりの熱血男だと思うのだ。最近は「No1になりたい」しか言わなくなった。燃える精神というか。誰かこの炎を消火してやってほしい。
 って、誰にも消せるわけがないか。
 彩人がNo1にならない限り、この炎はどんどんどんどんデカくなるだろう。
 そしてもっと気がつけば自分もホストになって一年が経っていた。
 最初は、俺をスキだと言ってくれる客が奇妙に見えた。
 ホストの世界が奇妙だから、客も奇妙なわけだろうが、という結論に辿り着いた。
 流されるまま、毎晩酒を飲みながらそう思っていたが、一年経った今、あの頃と少し変わったことがある。タバコの銘柄。も、そうだが、もっと大事なことだ。
 スキだと言ってくれる客が今はありがたいということだ。
 俺は彩人の憧れ?の、氷咲カオルのような客を盛り上げるような楽しい会話ができるわけでもなく、彩人みたいに派手なパフォーマンスもできない。
 なのに新人時代から今までずっと一年間俺に会いに来てくれる客が何人かいる。
 ある客に「俺と話していて何か楽しいか?」と聞くと「楽しいよ。何で?」と逆に聞かれ「気になった」というと、「楽しいじゃない?あたし、東吾はすごい魅力あると思うよ」と笑いながらも答えてくれた。
 そのホストを初めて遅すぎるのかもしれないが、「やっててよかった」という気持ちが自分の中にうまれた。その後も、新しく自分を指名してくれる客に会うたび、その気持ちは大きくなっていく一方だ。彩人と違ってNo1になってやる!!って気持ちはないし、今の現状に満足だ。
 選んでくれる人がいる間はこの仕事を続けようと、俺は思うようになった。
「東吾、どうしたんだよボケッとして。」
「ああ、立ちながら寝てた」
 何だそれ、と、彩人はつぶやいた。

「アヤ。あんまり無理はするな。」
「は?東吾、いきなりどうしたんだよ」
 あっけらかんとする彩人の横で俺は小さくうなずいた。
 





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